特集:日本美術史再考——江戸の美術はどのように語られてきたか
学問としての美術史が誕生した明治時代、江戸時代の美術をどのようなパラダイムで語ってきたかを解明し、さらにそれに依拠してきた美術史家の美術=政治的意図を解明する。(まとめ=岸 文和)
- 江戸狩野批判の真相(並木誠士)
- 狩野永岳はなぜ無視されたのか——幕末京狩野の盛衰(中谷伸生)
- 神話なき神話——「絵所預土佐光起」の遍歴(実方葉子)
- 琳派なんて、本当にあったのか? (安村敏信)
- 『光琳派画集』の前後——尾形光琳を中心とする近代「琳派」観をめぐって(安田篤生)
- 「文人画」の指し示すもの(田島達也)
- 「長崎派」考(黒川修一)
- 若冲という事件(佐藤康宏)
- 大阪の憂鬱/軽視された“美術都市”——近世大坂画壇研究に思う(橋爪節也)
- 美術史中無尽蔵。男性有り、女性有り…(パトリシア・フィスター)
- 司馬江漢のアナモルフォーズ——洋画史の外へ(島本 浣)
- 写楽はどのように語られてきたか——日本美術史と浮世絵師イメージ(岸 文和)
- アンリ・フォシヨンの浮世絵解釈とジャポニスム以後の日本美術史編纂(藤原貞朗)
- 康知と円空(根立研介)
- 日本彫刻史における江戸時代の仏像彫刻(張 洋一)
- 独り歩きする蒔絵師伝と蒔絵銘——江戸時代蒔絵研究の問題点(土井久美子)
- 「女のきもの」は「江戸の美術」か?(森 理恵)
- 江戸時代は江戸時代(狩野博幸)
- 想像の「江戸」と帝国の美術史(鈴木廣之)
- 江戸後期の「美術制度」——十九世紀美術史のために(ヘンリー・スミス/佐藤守弘訳)
〈創刊に当って〉源 豊宗
〈発刊の辞〉原田平作
〈資料紹介〉
- 大阪天満宮の「天神画像」(松浦 清)
- 泉屋博古館蔵《扇面散・農村風俗図屏風》(並木誠士)
- 田中日華《韃靼人狩猟図屏風》(中谷伸生)
- 横山清暉《蘭亭曲水・舟遊図屏風》(中谷伸生)
- 富岡鉄斎《巌栖谷飲図》(中谷伸生)
- 円山応挙《雪松図屏風》とその系譜(木村重圭)
〈美術随想〉
〈トピックス〉
- 「日本の美学」の形成——フェノロサから天心へ(神林恒道)
- 美術館博物館の現状と問題点(原田平作)
- ヴィトラ・デザイン・ミュージアム(藤田治彦)
- デザイン論のいま(宮島久雄)
- 美術マーケットのいま? (山岡泰造)
〈展覧会評〉
- 森村泰昌「空想美術館」——絵画になった私(太田喬夫)
- 京の絵師は百花繚乱——『平安人物誌』にみる江戸時代の京都画壇(松浦 清)
- 王朝の仏画と儀礼——善をつくし美をつくす(山岡泰造)
- 和の意匠——新たなモティーフ・大胆なデザイン(並木誠士)
〈書評〉
- 円山應擧研究(太田孝彦)
- 感性の思考——美的リアリティの変容(大森淳史)
- 日本絵画の風景表現——原始から幕末まで(永田雄次郎)
- スタンツェ——西洋文化における言葉とイメージ(森谷宇一)
〈現代作家紹介〉
- 自写像を通して“生”の深淵へ——小谷康子の世界(中島徳博)
- 「私絵画」——坂井淑恵の作品(尾崎佐智子)
- 田村潤悟の彫刻(藤枝晃雄)
- 安喜万佐子——「見ること」の時間性/「絵画」への意志(川田都樹子)
特集:美術批評の歴史と現在
Ⅰ「美学芸術学の地平より」、Ⅱ「フォーマリズム再考の見地から」、Ⅲ「各国の美術批評史から」の3部に分け、フォーマリズムが美術に果たしてきた役割とこれからを考察する。(まとめ=藤枝晃雄、神林恒道)
Ⅰ——美学芸術学の地平より
- 「フォーマリズム」の美学と芸術論(神林恒道)
- H.ヴェルフリンの像記述——「同一性」の記述から「差異性」の記述へ(井面信行)
- イギリスのモダニズムの成立期をめぐる記述について——チャールズ・ハリソンの場合(潮江宏三)
- 形象・記述・言語——絵画を「語る」ことの可能性にむけて(三木順子)
- フォーマリズムとは何か——その分類と展開(リチャード・ウォルハイム/金悠美訳)
Ⅱ——フォーマリズム再考の見地から
- 絶対的な外在性(松浦寿夫)
- コスース以後——続・これから(も)描く/観るための断章(上田高弘)
- 傾向・技術・形式——現代日本美術の場合(藤枝晃雄)
- アレゴリーについてのノート(尾崎信一郎)
- もうひとつのマテリアリズム——サマーズによる美術史記述の問題としてのフォーマリズム批判(鈴木真理子)
- ロザリンド・クラウスとフォーマリズム・イデオロギー(平芳幸浩)
- 美術における自己言及性について(谷川 渥)
Ⅲ——「各国の美術批評史から」
- マイヤー・グレーフェとドイツの近代美術批評——フォーマリズム批評の先駆者あるいは近代の古典主義者(太田喬夫)
- ヴィル・グローマンの戦後と現代ドイツ美術批評——モデルネからアイデンティティ問題へ(仲間裕子)
- 現代フランスの芸術批評——「現代芸術の危機」論争(上倉庸敬)
- 美術批評の現況——フランス(岡部あおみ)
- 白樺派とブルームズベリー・グループ(川田都樹子)
- 新聞と美術批評(安黒正流)
〈資料紹介〉
- 徳井寛二氏の日本美術里帰りコレクション(原田平作)
- ウィリアム・ブレイク《夜想》銅板画集〈京都市立芸術大学芸術資料館蔵〉(潮江宏三)
- ケルムスコット・プレス刊本コレクション〈大阪芸術大学図書館蔵〉(藪 享)
〈美術随想〉
〈トピックス〉
- 北斎とジャポニズム(稲賀繁美)
- 直島会議?Ⅲ「アートはコミュニティに投げかける」に参加して(太田喬夫)
- 「美学」は「批評」にとって有効か——明治美学史のひとこま(神林恒道)
- ロンドンのデザイン・ミュージアム(藤田治彦)
- シアトル美術館の日本画展(森岡三千代)
- 絵の中の二十世紀(吉村良夫)
〈展覧会評〉
- 大ザビエル展(中村俊春)
- 東アジア/絵画の近代——油絵の誕生とその展開(岡本重温)
- クシュシトフ・ウディチコ展(加須屋明子)
- 花洛のモード きものの時代(森 理恵)
- ラファエル・コラン——寓意と外光表現(六人部昭典)
〈書評〉
- マンガ表現論としてのスコット・マクラウド著・画『マンガ学』——『マンガの読み方との比較を中心に』(ジャクリーヌ・ベルント)
- ポピュラー芸術の美学——プラグマティズムの立場から(青木孝夫)
〈現代作家紹介〉
- 押江千衣子の匂い立つ絵画(潮江宏三)
- 中ハシ克シゲ——「中ハシ克シゲ展?あなたの時代」より(吉岡 洋)
- 陶芸の二十一世紀——長谷川直人の作陶について(岩城見一)
- 漆の作家・番浦鴻蔵(米澤有恒)
特集:21世紀へのまなざし:美術館・コレクター・画廊の現場から
いま、日本の美術界は不況の直撃を受けて厳しい状況にある。これまでの美術界の動向を過去に遡り、また現状を明らかにしながら、将来像を描く。(まとめ=大河内菊雄)
座談会:21世紀における美術の役割——20世紀と比較して
- 司会者:大河内菊雄
- 出席者:井上道子、加治川強、佐谷和彦、滝悌三、原田平作、雪山行二
- 美術品と競売(堀 佐知子)
- 日本におけるオークションの歴史と現状(瀬木慎一)
- マン・レイへのセルフ・ポートレイト(石原輝雄)
- 「見る自由」のために——大原コレクションを中心にした私的コレクション論(守田均)
- 公立美術館のコレクション——京都市美術館の場合(平野重光)
- コレクションと展覧会——東京国立近代美術館の場合(松本 透)
- 特異な美術館(浅井俊裕)
- 西武美術館——創立者の理念(難波英夫)
- 美術図書室の四半世紀(野崎たみ子)
- 保存の立場から見た美術館、もしくは美術館から見た文化財保護体制(長屋菜津子)
- 数寄者と美術館と美術商(小田榮一)
- 21世紀の洋画商への一つの提言——マネー経済の申し子から、アートコーディネーターへ(三好寛佳)
- 50?60年代、東京貸画廊繁盛記——思いつくまま(柳生不二雄)
- 忘れられた作家たちを掘り起こして(星野桂三)
コラム
サトウ画廊(光田由里)/内科画廊(宮田有香)/ときわ画廊(三上 豊)/ギャラリーマロニエ(辻 喜代治)/今橋画廊(松原光江)/梁画廊(室井絵里)
〈資料紹介〉
- 日本美術の貴重なコレクションを取得したインディアナポリス美術館(マニー・ヒックマン/原田平作訳)
- 冨田溪仙《香椎・筥崎》(中谷伸生)
- 小林力三コレクション(大倉 宏)
〈美術随想〉
- 美術館は神殿か、それとも墓所か——モダニズムと美術館についての覚え書き(乾 由明)
〈トピックス〉
- ヨーロッパ大都市美術館のリニューアル:ベルリンの美術館動向(桑原節子)/21世紀のポンピドー・センター(前野寿邦)/「モダン・アート」嫌いの見たテイト・モダン(土田真紀)
- 二都と「京都」の誕生(タイモン・スクリーチ)
- 美術館の次代はあるのか(宝木範義)
- デザイン展と美術館(宮島久雄)
- アジア現代美術の現場から(安永幸一)
〈展覧会評〉
- 危機の時代と絵画 一九三〇?一九四五(田中 淳)
- セザンヌ展(永井隆則)
- ART INTO LIFE 日本の前衛 一九〇〇?一九四〇(水沢 勉)
- ジェイムズ・ギルレイの魅力(清水一嘉)
- ピカソ 子供の世界(原田平作)
〈書評〉
- 尾崎信一郎『絵画論を超えて』を読む(梅津 元)
- 稲賀繁美『絵画の東方——オリエンタリズムからジャポニスムへ』(藤原貞朗)
- 百橋明穂『仏教美術史論』(根立研介)
〈現代作家紹介〉
- 眼の肉 岡田修二(中谷至宏)
- 密やかな毒 ジュリアン・オピー(中林和雄)
- 巨木と斬り結ぶ ふじい忠一(深山孝彰)
- それぞれの「私」を浮き彫りにするPROJECT 山出淳也(山口洋三)
特集:名品/巨匠——?日本美術史における軌範形成
日本美術史における規範形成を「擬制的」あるいは「流動的」なものとして見据えることによって、日本美術史という言説をめぐるさまざまな問題——たとえば、言説の政治性、価値観の多元性、歴史観の多様性——を議論の場に引き出す。(まとめ=岸 文和)
Ⅰ——美術史/美学/歴史学
- 名作と巨匠の認知をめぐる認識の齟齬——「日本美術史」形成期(1870?1900)を中心に、ゴンス『日本美術』(1883)、アンダーソン『日本の絵画藝術』(1886)および『稿本日本帝国美術略記』(1900)をめぐって(稲賀繁美)
- 岡倉天心と美術史学の形成(神林恒道)
- 近代歴史学と作品評価——《御物聖徳太子画像》をめぐって(東野治之)
- 明治期の美術写真出版物——『国華』『真美大観』『Histoire de l'Art du Japon』を中心に(岡塚章子)
Ⅱ——中国/インド/日本
- 中国絵画の古典性とは——?日本絵画史にとってのそれを中心に(小川裕充)
- 目利きの払底——様式論の凋落と日本仏教美術における過大評価(定金計次)
- 白鳳彫刻の解釈をめぐって——ヨーロッパ的古典主義の恣意(金子啓明)
- 奈良三彩の起源と唐三彩——技術/意匠の系譜について(尾野善裕)
Ⅲ——画家/作品/価値
- 「これはオランダの最も優れた画家によって描かれたのか?」——「ファン・ロイエン花鳥画」考(中村俊春)
- 謎の絵師・写楽の謎——この可笑しさを描けるのは……(岸 文和)
- 《清姫》考——小林古径の評価をめぐって(加藤類子)
- 切り貼り近代日本画(前)史——日本画壇の三つの不幸(宮島新一)
〈資料紹介〉
- 勝興寺所蔵絵画(原口志津子)
- 須磨弥吉郎と中国近代絵画(西上 実)
〈美術随想〉
- 私が接した一故人の憶い出——教育学者下程勇吉氏から学んだもの(富山秀男)
〈トピックス〉
- 美術の新しい「法」は「CG」で——美術と科学の併行展開からの予見(浅野敞一郎)
- ドイツの美術意識や美術品が日常生活にどのように反映しているか(高松平蔵)
- 台湾の美術館の現状(並木誠士・黄貞燕)
- 現代における書——佐藤真令先生の書作と萱のり子氏の著書(原田平作)
〈展覧会評〉
- ロダンの水彩画とデッサン展(高橋幸次)
- フェルメールとその時代(蜷川順子)
- 加納光於——「骨ノ鏡」あるいは色彩のミラージュ(小川 稔)
- 若冲展(ハンス・トムセン)
〈書評〉
- 宮島新一『雪舟 旅逸の画家』(島尾 新)
- 高階絵里加『異界の海 芳翠・清輝・天心における西洋』(山野英嗣)
〈現代作家紹介〉
- 浅野均の作風——風景画に新風を吹き込むか(山岡泰造)
- 形而上学的薔薇——塩崎敬子の世界(神林恒道)
- 久しぶりに日展日本画をよく見る——バランスのとれた淡々たるリズムに向う北斗一守(原田平作)
- 丸田恭子の世界(谷川 渥)
特集:海外から日本の美術を見る。
明治以降、海外における日本美術のコレクション同様、その研究も次第に深められるようになり、今日ますます盛んになりつつあるようにみえる。日本人とは異なる視点から日本美術を追究する場合が多く、それだけに興味深い研究が多い。本特集はアメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ドイツ、デンマーク、イタリア、オーストラリアなどの研究者による22篇の論文を掲載している。(まとめ=原田平作)
- 日本美術における自然観の一面——風・雨・日・月のイメージ(フランソワ・ベルティエ)
- 山千寺観音菩薩像と白鳳童形彫刻の問題(ドナルド・マッカラム)
- 近江の眺め——滋賀県立近代美術館蔵《近江名所図屏風》における地勢と政治の想像力(マシュー・マッケルウェイ)
- 巡歴の画家 狩野探幽(カレン・ゲーハート/原田平作訳)
- 東福門院和子 その人生と美術嗜好(エリザベス・リレホイ/大木貞子訳)
- オランダにおける日本コレクションの成立と展開(マティ・フォラー/松本直子訳)
- サミュエル・ピープスのガウン(タイモン・スクリーチ/中間志織訳)
- 「古典主義」とカノン形成——17世紀日本絵画についての美術史言説(メラニー・トレーデ/高松麻里訳)
- 近年の曽我蕭白研究(マニー・ヒックマン/原田平作訳)
- キオッソーネ美術館所蔵、岸駒の小下図について(ジョバンニ・ペテルノッリ/青山愛訳)
- モネと日本——浮世絵と日本およびヨーロッパの風景画に見られる伝統的空間の変様(ギャリー・ヒッキー/原田平作訳)
- 過去の理念——デンマーク美術におけるジャポニスム(グンヒル・ボーグレーン/冨田千恵子訳)
- 茶の湯と蒐集(クリスティーン・グーテ/富井玲子訳)
- 英国ヴィクトリア時代の日本陶磁器蒐集——A・W・フランクス、蜷川式胤と大英博物館(ニコル・ルマニエール/有地芽浬訳)
- 理想主義のリアリズムとの遭遇——日本における西洋美術の摂取(ドリス・クロワッサン/長瀬真理訳)
- 19世紀から20世紀にかけてのアメリカにおける日本美術研究(中根和子)
- 日本における商業デザイン史とその研究(ジェニファー・ワイゼンフェルド/五十殿ひろ美訳)
- 近代日本美術における表層的・潜行的モニュメント(ジョン・クラーク/高屋敷真人訳)
- ドイツから見た「ネオ・ポップ」と日本美術史の学(ジャクリーヌ・ベルント)
- 日本美術概説講義の現状(サミュエル・モース/岡村知子訳)
- 米国の大学と日本美術研究——島田修二郎先生の渡米の意義(清水義明)
〈美術随想〉
- 日本美術における木村蒹葭堂の存在——18世紀の大阪の文化との関係(ジョン・ローゼンフィールド/織田より翻訳補助)
〈書評〉
〈資料紹介〉
- 近頃日本に来た・来ている・来るアメリカの日本美術コレクション——クラーク・コレクションを中心に(原田平作
〈トピックス〉
- 「大阪トリエンナーレ」1990?2001報告(中塚宏行)
- 「横浜トリエンナーレ2001」報告(建畠 晢)
- 「第十五回国際美学会議」と「アジア芸術学会」からの報告(神林恒道)
〈現代作家紹介〉
- 「イエス ヨーコ・オノ」(アレクサンドラ・モンロー/三輪健仁訳)
- 「単純さ」を理解する——ケンブリッジでの菅木志雄(サイモン・グルーム/三輪健仁訳)
- お好きなものにはご用心!——トレーシー・モファットの芸術(ジュディ・アニア/三輪健仁訳)
特集:越境する美術史学
これまでの美術史学における欠如は何であり、そして何であったのか。美術史学がこれまで問うことのなかった新しい問題を提起し、その問題を新しい方法で究明すること、またこれまで研究対象として扱わなかったモノを〈越境〉をキーワードとして検証を試みる。(まとめ=岸文和)
Ⅰ——美術史学/美術行政/展覧会と〈越境〉
- 美術史の多様性と非連続性(柏木 博)
- 歴史的思考——美術史学における〈越境〉をめぐる走り書き的覚書(北澤憲昭)
- 美術史の「境界」雑感(島尾 新)
- 越境する学術:20世紀前半の東アジアの遺跡保存政策——帝国主義的状況下の美術史学、建築史学、考古学(稲賀繁美)
- 「文化財」の理念的背景——何を守り、なおすのか(佐藤道信)
- 展覧会は美術を越境するか? (矢島 新)
- 展覧会をめぐる江戸美術と〈越境〉(今橋理子)
- 美術館とファッション展(深井晃子)
- 「美術史学」とは関係なく「越境」する私(山下裕二)
- ジャンル概念と境界芸術(山岡泰造)
Ⅱ——視覚文化研究(ヴィジュアル・カルチャー・スタディーズ)の可能性
- 魔除けのメディア学——白沢王の絵はいかにして鬼を鎮めることができるか(岸 文和)
- 早春に始まる屏風絵(永田雄次郎)/耳鳥齋 ある忘れられた戯画作者(中谷伸生)
- 浅井忠と「日本画」——日本の伝統美術への眼差し(クリストフ・マルケ)
- 版画を超えて——近代日本版画史考(桑原規子)
- 柳宗悦とアーツ・アンド・クラフツ(藤田治彦)
- 柳宗悦と「民藝」——「工藝自体Craft-in-Itself」の思想(土田真紀)
- 染色文化史の夢と嘘——言説された/描かれた染色のオーセンティシティ(小山弓弦葉)
- ハインリッヒ・キューン——ウィーン分離派からフォト・セセッションへ(蔦谷典子)
- デジタル時代の映像論を求めて——レフ・マノヴィッチの「ニューメディア言語論」を手掛かりに(伊奈新祐)
- 建築における絵画の意味(中川 理)
- 建築という見世物、都市という祝祭空間(橋爪紳也)
- 「20世紀の日本美術」雑感——特に民族的、工芸図案的、日常的について(原田平作)
〈資料紹介〉
- 光琳の焼け屏風(河野元昭)
- 富岡鉄斎模写《従吉野山至大峰山・玉置山図》(奥田素子)
- 日本のクラフト 半世紀の歩み(吉村良夫)
〈展覧会評〉
- 光のノスタルヂア——小関庄太郎と日本の芸術写真(宮本高明)
- 江戸の異国趣味——南蘋風大流行(佐藤康宏)
- 横山大観 その心と芸術展——私感(金原宏行)
- 新しい神話のはじまり——没後五〇〇年 特別展「雪舟」(並木誠士)
〈書評〉
- 岡田温司編『カラヴァッジョ鑑』(小野迪孝)
- 天野知香『装飾/芸術——19?20世紀のフランスにおける「芸術」の位相』(小川知子)
- 東浩紀『動物化するポストモダン——オタクから見た日本社会』(吉岡 洋)
〈現代作家紹介〉
- 許の世界——韓国の白と「可變意識」シリーズ(神林恒道)
- グリンプス 現代美術(福田徳樹)
- 「アート」論序説——境界線上の新しい日本の美術(森村泰昌)
特集:印象派研究大全
1970年代、それまで純粋の芸術活動の中だけで捉えられてきた印象派を社会的存在として捉え直すという新しい側面が提示され、さらに80年代からはジェンダーや記号論など他分野との境界の相互侵入についての分析が進んでいった。このような多様化し分散していく研究の見取り図を示すとともに、今後の研究方法の指標を目指す。(まとめ=馬渕明子)
Ⅰ 作家と作品研究
- セザンヌのアトリエ百年(浅野春男)
- 印象派の肖像画(岩?余帆子)
- 流動するファサード——モネの《ルーアン大聖堂》連作に見る同一性と差異性(喜多崎 親)
- モネと壁屏画(馬渕明子)
- 印象派の文脈における印・記号・身振り(リチャード・シフ/三上真理子=訳)
- 「純粋」視覚のディスクール(三木順子)
Ⅱ ジェンダーと印象派
- ドガの女性イメージとフェミニズム(平石昌子)
- ベルト、メアリ、そしてマリー——印象派とジェンダーをめぐって(米村典子)
Ⅲ 批評・コレクター・画商と印象派
- 印象主義と批評——ゾラ、デュレ、マラルメ(六人部昭典)
- ルノワールの《舟遊びの昼食》——第七回印象派展の批評をめぐって(賀川恭子)
- マネ「と」印象派——最近のエドゥアール・マネ研究への批判的展望(稲賀繁美)
- ある文筆家と画家たち——ジョルジュ・フェドーとその印象派絵画コレクション(ドミニク・ロブスタイン/三谷理華=訳)
- 第一次世界大戦下のドガ・セール(吉川節子)
Ⅳ 文学と印象派
- ショーウインドーとしての絵画——ゾラと印象派の画家たちにおける芸術と商業(吉田典子)
- プルーストと印象主義(吉川一義)
Ⅴ ヨーロッパ諸国の受容
- ドイツにおける「印象主義」考——リーバーマンとベルリン分離派を中心に(都築千重子)
- 北欧絵画と印象主義(荒屋鋪透)
- ロシアの印象主義(古田浩俊)
Ⅵ 日本と韓国における受容
- 明治三十年代の日本絵画における大気・空間表現——栖鳳・大観と西洋絵画(高階絵里加)
- 印象派から学んだもの(原田平作)
- 「後期印象派」なる邦訳語をめぐって——岡倉天心と上田敏を中心に(川田都樹子)
- 印象派と日本——高村光太郎の印象主義論(永井隆則)
- 中村彝における印象派の受容——〈影響〉の様々な事実と様相(舟木力英)
- 「仏展」異聞——大正末期、福岡にやって来たフランス美術(三谷理華)
- 韓国における印象派美術の受容(金?淑/朴昭?=訳)
〈資料紹介〉
- 旧松方コレクションの世紀末イタリア彫刻——レオナルド・ビストルフィ(高橋明也)
- 1900年代パリ留学生の交流を生き生きと伝える資料『パンテオン会雑誌』(山梨絵美子)
- 岡島コレクションとティファニー関係資料(岩井孝樹)
〈トピックス〉
- 新しい「アジア」の扉——第2回アジア藝術学会韓国大会報告(萱 のり子)
〈展覧会評〉
- 「前近代」なのか、「近代」なのか:高村光雲をめぐる錯誤——「高村光雲とその時代展」(大熊敏之)
- 藤島武二研究の新たな課題 「藤島武二展——ブリヂストン美術館開館五十周年記念展」を見て(児島 薫)
- 「ゴッホ展」(有川治男)
- 「モネからセザンヌへ——印象派とその時代」展(斎藤郁夫)
〈書評〉
- 田中純『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』(加藤哲弘)
- ロバート・S・ネルソン、リチャード・シフ編/加藤哲弘・鈴木廣之監訳『美術史を語る言葉——22の理論と実践』(林 道郎)
- 松井みどり『アート:“芸術”が終わった後の“アート”』(金 悠美)
〈現代作家紹介〉
- 透明の詩学 家住利男のクリスタル(神原正明)
- 花鳥・動物画とは 大沼憲昭の個展から(高梨純次)
- 風景をつくる 杉浦康益の陶の世界(仲町啓子)
- 横尾忠則 普遍への歩み(宮島新一)
特集:〈生と死〉と美術
単に美術作品に表現された〈生と死〉の図像や主題を扱うことに限定されず、何らかの形で広く〈生と死〉に関わる作品や作家、また美術史学の方法、あるいは美術館の誕生と崩壊(生と死)などの問題を採り上げる。(まとめ=中谷伸生)
Ⅰ 西洋美術における〈生と死〉の表象
- 「生より死こそ願わしい」——ギリシア彫刻の一断面(眞方忠道)
- 死を前にした人間——ヤン・ファン・エイクのヨーリス・ファン・デル・パーレ(蜷川順子)
- 死と蘇生の〈物神〉——サンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ聖堂奉納像(水野千依)
Ⅱ 東洋美術における〈生と死〉の表象
- 生きている遺骨「舎利」——如法愛染王法を中心に(内藤 榮)
- 開山の木像は誰のために造られたか(根立研介)
- こ髏幻戯——中国絵画における「生と死」の表象(板倉聖哲)
- 死と滅亡の絵画《淀君》——北野恒富は、なにを“露骨”に描いたか(橋爪節也)
- 身体と芸術の〈生と死〉——小出楢重をめぐって(熊田 司)
Ⅲ 美術史学・美術批評と〈生と死〉
- 美術史家の生と死——?《一遍聖絵》の巻末は後補?(林 温)
- 歌川国貞死絵考——浮世絵師の理想像について(岸 文和)
- 〈忠魂〉の絵師と《長篠合戦図》——浮田一?の生と死(中谷伸生)
- 「夭折の画家」評価をめぐる断章——青木繁と松本竣介の場合(田中 淳)
- 「近代美術と生死」覚書(原田平作)
Ⅳ 美術館と〈生と死〉
- 「死よりも生を」と美術館は叫べるか——クリスチャン・ボルタンスキーと小林正人(保坂健二朗)
- 美術は「死」に向き合えるか——「メメント・モリ」再考(小勝禮子)
- 食間に——現代美術における生と死を巡って(加須屋明子)
- エイズと美術——エイズは美術を変えたか:デヴィッド・ヴォイナロヴィッチの衝撃(笠原美智子)
〈資料紹介〉
- 釧雲泉の岡山在住時代(守安 收)
- 京都画派寄合描押絵貼屏風について(木村重圭)
〈美術随想〉
- 「生と死」と芸術との関係についての個人的な感想(吉岡健二郎)
- 「感じること」と「考えること」(辻佐保子)
〈トピックス〉
- 海外における美術品の国家補償制度——日本での実施の参考として(蓑 豊)
- 博物館-美術館の独立行政法人化——地方への波及をにらんで(北澤憲昭)
〈展覧会評〉
- 「画題」の再検討が必要では——?「青春の浮世絵師 鈴木春信——江戸のカラリスト登場」展評(佐藤悟)
〈書評〉
- 坂上桂子『夢と光の画家たち——モデルニテ再考』(永井隆則)
- 丹沢巧『古来の文様と色彩の研究——花筏・松皮菱・卍・月の兎・鼠色・茶色——その美的感情を紡ぐ』(森 理恵)
- 神林恒道『美学事始——芸術学の日本近代』(西 欣也)
〈現代作家紹介〉
- 浅見貴子の水墨画(福冨幸)
- 差異の発見——中村一美の絵画について(平野明彦)
- 触れながら描く——光島貴之という快楽(服部 正)
- 三輪美津子の近作(金井 直)
特集:旅・留学——なぜ、なにを学ぶのか
経験した側の立場から語られることの多い旅や留学を、旅先・留学先の時代や社会状況から見るとどういう位置づけになるのか、第三者的に見ればどう見えるのかを美術史学的・美学的に考察する。(まとめ=佐藤道信)
- 虚往実帰 空海の留学(米屋 優)
- 雪舟がもたらしたもの(綿田 稔)
- 南蛮図屏風の手本を与えた画家たちの旅行(中江 彬)
- ドガとイタリア(高階絵里加)
- 外国に在留して教育すること——アキッレ・サンジョヴァンニの場合(河上眞理)
- 明治十三年・ローマの空——松岡壽の留学体験とその意味(森 仁史)
- 津和野からの遊学者たち——西周・森鴎外・亀井茲明(浜下昌宏)
- 女子美術学校という〈場所〉(島村 輝)
- 豊子?の西洋美術受容とその日本留学(西槇 偉)
- 農商務省海外実業練習生とわが国の美術界(田島奈都子)
- 戦時下の留学生—— 近代日本とタイの美術交流(後小路雅弘)
- エイキンズとオキーフ—— 二人のアメリカ人画家(宮本高明)
- 画家の留学 青山義雄氏にうかがう—— 一九二〇年代フランス滞在の一齣(稲賀繁美)
- 美術史学と国際主義—— 一九二〇年代の美術史家の国際的成功とその意味(藤原貞朗)
- “孤立した「日本文明」”と留学(佐藤道信)
〈資料紹介〉
- 「亀井茲明コレクション・十九世紀ヨーロッパの染織とデザイン」と島根県芸術文化センター(グラントワ)(原田平作)
〈美術随想〉
〈展覧会評〉
- 「田中一光回顧展 われらデザインの時代」(大坪健二)
- ガラスケースの中のR2-D2「アート オブ スター・ウォーズ展 EPISODE Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ」(ジャクリーヌ・ベルント)
〈書評〉
- 黒田泰三『思いっきり味わいつくす 伴大納言絵巻』(朝賀 浩)
- 小林典子『ヤン・ファン・エイク——光と空気の絵画』(元木幸一)
- 北澤憲昭『「日本画」の転位』(菊屋吉生)
〈現代作家紹介〉
- 徐冰 さらに深まる文字への執着(安永幸一)
- 現代美術としての陶芸 林康夫(高橋 亨)
特集:挑戦する美術
20世紀においては芸術の自律性が意識され、美術の純粋性が主張された。そのため、ともすると美術は何かの目的の手段であったり、何かに使われたりすることをきらうようなことがあったかもしれないが、作家が望むと望まざるとにかかわらず、美術はあらかじめ戦略性をもつように呪われていたともいえる。(まとめ=狩野博幸)
〈日本・中国〉
- 宮廷服飾調度の志向に関する考察——奈良平安時代の服飾調度の展開(猪熊兼樹)
- 嵯峨天皇の中国趣味と鉛釉陶器生産工人の挑戦(尾野善裕)
- 中国仕女図に見る官能表現への挑戦(古田真一)
- 苦悩か、捲土重来か——光琳の江戸生活を考える(玉蟲敏子)
- 春卜の挑戦——『画本手鑑』が語る室町時代の画家たち(太田孝彦)
- 戦略としてのアナクロニズム——明末奇想派と曾我蕭白(佐藤康宏)
- 北斎はいかにして神仏と交信したか——絵馬の絵画行為論(岸 文和)
- “戦略”としての文化——「型」と「形」の日本美術(吉田俊英)
- 発酵するイコン——かくれキリシタン聖画考(宮下規久朗)
- 浅井忠の風俗画 巴里と京都(前川公秀)
- 土田麦僊の戦略——帝展との関係を中心に(上薗四郎)
- 国際公募展と現代陶芸(榎本 徹)
〈ヨーロッパ〉
- デス・マスクあるいはライフ・マスク——《ニッコロ・ダ・ウッツァーノ》胸像とドナテッロ(喜多村明里)
- オノレ・ドーミエ《共和国像》をめぐって——「挑戦する?美術」(鈴木杜幾子)
- ブルジョワ藝術への挑戦 戦争画の没落とモダニズム批評言説の形成——十九世紀後半のフランスを例に(稲賀繁美)
〈資料紹介〉
- 善徳寺虫干法会と所蔵絵画(原口志津子)
- 青森県立美術館(仮称)とマルク・シャガールのバレエ「アレコ」の舞台背景画(高橋しげみ)
〈美術随想〉
- 宝山寺の弥勒菩薩画像——現ならぬぞあはれなる(平田 寛)
〈トピックス〉
- 評価はだれのものか(高野清見)
- 今日において美術館博物館を活性化させるための諸問題(原田平作)
〈展覧会評〉
- 円山応挙による円山派の粉本の創作と活用——「特別展 円山応挙——〈写生画〉創造への挑戦」(木村重圭)
- 「ご苦労なこと」でした——「岸田劉生・麗子展」(篠 雅廣)
- 劉生と京都——「内なる美」を求めて(萬木康博)
〈書評〉
- マルコム・バーナード『アート、デザイン、ヴィジュアル・カルチャー——社会を読み解く方法論』(佐藤守弘)
- 安藤佳香『仏教荘厳の研究——グプタ式唐草の東伝』(島田 明)
- 古原宏伸『中国画論の研究』(河野道房)
- 福本繁樹編著『21世紀は工芸がおもしろい』(太田喬夫)
〈現代作家紹介〉
- ものとあいだ——石田有作 白磁の“身振り”(井面信行)
- 美術家としての磯崎新(菅 章)
- 児玉太一と遅れのラジカル——「はっぴいえんど」を聴きながら(島本 浣)
- 宮島達男——ホスピスとアート(岡林 洋)